多聞院・毘沙門堂(たもんいん・びしゃもんどう)(中富)
更新日:2008年12月1日

今からおよそ300年前、川越藩(はん)をおさめていた柳沢吉保(やなぎさわよしやす)は、広い原野(げんや)を開たく(新たにたがやして田や畑を作ること)しようと考えました。その結果、中富(なかとみ)、下富(しもとみ)と三芳町の上富(かみとめ)という3つの村ができ、これを三富(さんとめ・さんとみ)の開たくとよんでいます。
三富の開たくは、農民1軒ごとに与(あた)えられた土地が、細長(ほそなが)いたんざくの形に区切られていることに特ちょうがあります。この様子(ようす)は、中富小学校の屋上(おくじょう)から見るととてもよくわかります。
また、柳沢吉保は開たくをした人々が安心して働けるよう心くばりをしました。そのため、三富の中心に人々の心のよりどころとなるお寺と神社を建てました。そのひとつ、中富の多聞院は毘沙門天(びしゃもんてん)をまつっています。毘沙門天がまつられた毘沙門堂は、市の文化財(ぶんかざい)に指定されています。
