航空発祥の地(こうくうはっしょうのち)

更新日:2019年10月13日

「航空発祥の地」石碑の写真
「航空発祥の地」の石碑(所沢航空記念公園内)

 明治(めいじ)44年(1911年)4月、所沢(ところざわ)に日本(にほん)ではじめての飛行場(ひこうじょう)ができました。このことから、所沢は「航空発祥(こうくうはっしょう)の地(ち)」とよばれています。

 現在の所沢航空記念公園(ところざわこうくうきねんこうえん)は、所沢飛行場のあと地につくられた公園で、むかし滑走路(かっそうろ)だったところなど飛行場の面影(おもかげ)がのこる場所や、飛行機(ひこうき)のことがまなべる博物館(はくぶつかん)などがあります。

所沢飛行場(ところざわひこうじょう)での初飛行(はつひこう)

 所沢飛行場ではじめて飛行機が飛んだのは、明治44年4月5日の朝はやくで、徳川好敏(とくがわよしとし)という大尉(たいい)が、アンリ・ファルマンという飛行機にのりました。当日(とうじつ)は、たくさんの見物人(けんぶつにん)がやって来て、たべものを売(う)る屋台(やたい)ができるほどにぎやかだったそうです。

飛行機(ひこうき)の墜落(ついらく)

木村・徳田両中尉記念塔の写真
木村・徳田両中尉記念塔(向かって左が徳田中尉で右が木村中尉です)

 むかしの飛行機(ひこうき)は、いまの飛行機にくらべてもろく、天候(てんこう)の影響(えいきょう)をおおきく受けたため、飛行機にのる人は命(いのち)がけでした。

 大正(たいしょう)2年(1913年)3月28日、東京(とうきょう)の青山(あおやま)での観覧飛行(かんらんひこう)を終え所沢飛行場に帰る途中、ブレリオという飛行機が、突風(とっぷう)をうけてひだりの翼(つばさ)が折(お)れてしまい、飛行場近くの松井村(まついむら)(現在の所沢市牛沼(うしぬま))に落(お)ちてしまいました。飛行機にのっていた木村鈴四郎(きむらすずしろう)と徳田金一(とくだきんいち)という2人の中尉(ちゅうい)は、死(し)んでしまいました。飛行機が落ちたところに、2人の記念塔(きねんとう)が建てられましたが、その後、何度(なんど)か移動(いどう)して、今は所沢航空記念公園の中にあります。

関連リンク

お問い合わせ

所沢市 教育委員会教育総務部 文化財保護課
住所:〒359-0042 所沢市並木六丁目4番地の1
電話:04-2991-0308
FAX:04-2991-0309

b29910308@city.tokorozawa.lg.jp

本文ここまで