旗本中根氏の墓

更新日:2019年10月13日

 「旗本中根氏の墓」は、中根正重なかねまさしげの2百回忌にあたる寛政9年(1797年)9月4日に、中根正寧なかねまさやすが再建したものであり、江戸時代初期に所沢市域を支配した旗本の地方知行の実相を示す貴重な歴史資料です。
 中根正重なかねまさしげは、はじめ徳川家康の長男信康に仕えていましたが、信康の死後、家康に仕えて関東入国に供奉し、天正19年(1591年)、久米村に2百石の知行地を与えられました。以降、中根氏は幕末まで同地を知行しました。
 『寛政重修諸家譜』によると、正重は慶長3年(1598年)9月4日に伏見において死没し、久米村の長久寺に葬られました。正重の子の中根なかね正成まさなり以降、代々の葬地は江戸深川の法禅寺に移りますが、長久寺には、後代の中根氏とその奥方や息女などの位牌が納められています。また、中根家は、長久寺本堂の修復や屋根替えなどに際しても費用を寄進しており、長久寺の維持発展に大きな功績を残しています。
 なお、久米の八幡神社(鳩峯八幡神社)には、慶長13年(1608年)の本殿雨覆の修理を記す棟札に、久米を知行する旗本竹本茂兵衛正信・高井助兵衛直友・山田権右衛門正次とともに、中根伝七郎正成の名が記されており、「八幡神社本殿 付棟札」(埼玉県指定文化財/建造物)として現存します。
【指定年月日】平成25年8月1日
【所在地】所沢市久米2666番地の2(長久寺内)

長久寺のご案内

所在地

所沢市久米411番地

交通アクセス

西武池袋線/新宿線「所沢駅」西口下車 徒歩約15分
市内循環「ところバス」南路線(吾妻循環/山口循環コース)「勢揃橋北」下車すぐ

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