基地返還運動

更新日:2020年10月20日

『ところざわ歴史物語』
136から137ページ(5章6節「基地返還への道のり」)に掲載

昭和20年9月、所沢飛行場にアメリカ陸軍が進駐しました。
飛行場は在日米陸軍所沢基地と呼ばれるようになり、国内の軍事施設の改修や、軍用車両などの保管再生をする施設が置かれました。多くの日本人が雇い入れられ、経済効果は高まりましたが、一方で交通事故や風紀問題のような「基地の町」の被害も深刻で、基地返還を求める声は早くから市民の間に上がっていました。

返還運動は昭和34年頃から本格化します。
おりしも各地の米軍基地の機能が縮小され、所沢基地でも大部分の機能が神奈川県内に移転することになり、運動に力を与えました。
昭和46年、運動が実って6割の部分返還が実現します。跡地には国、県、市の協議により公園、公共施設、住宅などが建設されました。

  • もうすこしくわしく

『所沢市史 下』579ページ 6編1章8節「基地問題の状況」/657ページ 6編2章8節「基地返還運動の展開」

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