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鎌倉街道と小手指ヶ原古戦場

更新日:2018年7月13日

『ところざわ歴史物語』
18から19ページ(2章2節「倒幕の戦いと鎌倉街道」)/20から21ページ(2章3節「南北朝時代の所沢」)/36ページ(2章付図 鎌倉街道概念図)に掲載

鎌倉街道と小手指ヶ原古戦場

源頼朝が鎌倉に幕府を開くと、東国の各地から鎌倉へ向かう道が発達しました。
市内を通る「鎌倉街道」と呼ばれる道もそのひとつで、「上道かみつみち」と呼ばれています。
鎌倉から北上し、町田を経て府中で多摩川を渡り(分倍河原ぶばいがわら)、久米川の宿、所沢(河原宿)を過ぎて入間川、比企丘陵方面に向かいます。市内には何本かの「鎌倉街道」が知られますが、いずれも上野国こうづけのくに(群馬県)から武蔵国を縦断して鎌倉へ至る道です。

元弘3年5月11日(1333年)、上野国を本拠地とする新田 義貞が鎌倉幕府打倒の兵を挙げました。新田軍は鎌倉街道を南下し、幕府軍とはじめて激突したのが小手指ヶ原です。同年の5月22日、鎌倉幕府が倒れるさきがけとなった合戦でした。

街道沿いに位置する小手指ヶ原は、この後も何度か合戦の舞台となりました。
北条氏の生き残りが建武2年(1335年)に信濃(長野県)で蜂起した中先代なかせんだいの乱や、文和ぶんな元年(正平7年・1352年)に新田氏と足利氏との間に起こった武蔵野合戦が知られています。

もうすこしくわしく

『所沢市史 文化財・植物』39ページ 「小手指ヶ原古戦場」
『所沢市史 上』311ページ 3編1章3節2「元弘の変と小手指ヶ原の戦い」/315ページ 3編2章1節「南北朝内乱と小手指ヶ原の戦い」/460ページ 3編5章2節「鎌倉街道」
『所沢市史研究 第18号』87ページ 「所沢再発見その1 鎌倉街道を歩く」

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