所沢絣 附 製作用具一式

更新日:2015年7月7日

所沢絣 附 製作用具一式

 所沢市西部から旧多摩郡村山地方にまたがる狭山丘陵において、木綿絣が織られるようになったのは、江戸時代の文化年間とされています。村山地方がその起源であり「村山絣」と呼ばれましたが、集散地が所沢市場であったことから「所沢絣(飛白かすり)」の名で世に知られることとなります。
 明治10年(1877年)の第1回内国勧業博覧会をはじめ各種品評会に絣を出品するなど、機業家は技術や品質の向上に努め、所沢絣は次第に知名度を高めるとともに売れ行きを伸ばし、地域の重要な地場産業となっていきます。しかし、大正時代に入ると、世の中の奢侈品好みや新織物の台頭、絣離れなどの影響で売れ行きは落ち、昭和初期には金融恐慌の煽りを受けて大暴落に陥ることとなります。農家の副業として始まった所沢絣は、生産者の多くが家内工業的な小規模機業であったことから、量産体制への乗り遅れや新柄の研究不足もあり、不況打開の実現は難しく、廃業する機業家が相次ぎました。また、所沢飛行場や山口貯水池建設のための労働力流失、貯水池建設による機業家の移転も衰退に拍車をかける要因となり、昭和10年代前期には、その生産は途絶えてしまいました。
 指定資料は所沢絣の柄行資料がらゆきしりょう見本裂みほんぎれ)に着物や博覧会入賞メダルなどが含まれます。柄行資料は、本橋吉蔵もとはしよしぞうさんが長年にわたって収集した所沢絣の見本裂であり、所沢絣の織り組織や染色、柄行きの特徴を知ることのできる極めて貴重な資料です。また、附の製作用具一式は、原料糸から反物を織り上げるまでの全工程をほぼ網羅する用具類と機屋の職人が着ていた印半纏しるしばんてんです。
 なお、毎月第1日曜日の「山口民俗資料館」開館日には、「所沢飛白かすり勉強会」の皆さんが附指定の製作用具などを使って所沢絣の再現作業を行っています。

【指定年月日】昭和33年10月25日
【所在地】所沢市並木六丁目4番地の1(生涯学習推進センター)

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