有楽町山車

更新日:2016年7月1日

 有楽町山車は、明治時代初めに砂川村七番(現在の立川市)が宇都宮の彫刻師、後藤 徳蔵に製作を依頼したもので、完成までに十数年の歳月を要したと言われています。その後、大正時代中頃の農村不況で山車を維持していくことが困難となって売りに出され、深井 伝右衛門が当時1,000円で買い取り、浦町うらまち(現在の所沢市有楽町)に寄贈したと伝えられています。
 台は欅材、車輪は樫材、上部は欅材の総彫で二重勾欄を有し、梁間3.45メートル、桁行4.35メートル、棟までの高さは4.45メートルあります。屋根の中央よりもやや後ろ寄りには凹みが見られ、当初はここに人形を据えていたと思われます。これは「八王子型一本柱建て人形山車」と呼ばれる形式で、江戸時代後期から明治時代中期にかけて八王子を中心に周辺地域にかけて盛んに建造されました。電線の架設に伴い、山車に人形を載せることが困難となり、かつて山車に載せられていた人形の所在は、現在は不明です。
 前室は柱のみの吹き抜け構造、後室は障子等で部屋が区切られています。前室が囃子や踊りを行う場、後室は準備を行う楽屋で、中仕切り上の欄間彫刻に「下野宇都宮住 彫工 後藤 徳蔵藤原信吉」の銘が記されています。また、破風に施された竜宮の透かし彫りや、左右の柱の昇龍と降龍、後室側面の透かし彫りなど、彫り物が秀作です。製作以来、特に改造もなく、当時の形式を今もよく伝えている山車です。
 
【指定年月日】平成8年9月5日

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