令和8年6月号 高田俊一さん(所沢市文化団体連合会 会長)
更新日:2026年5月26日
プロフィール

高田 俊一さん(市内在住)
(注記)高は、はしご高
人生を切り開き 解けた人生を楽しむ
「"ところっこ"というより、"ところ爺"です」と言って、茶目っ気たっぷりに笑うのは高田俊一さんだ。市内の音楽、演劇、吟詠、美術、文学、茶・華道、囲碁・将棋などの芸術・文化活動を担う16の連盟で構成される所沢市文化団体連合会は、50年以上の歴史を誇り、現在その会長を務めている。
昭和18年、練馬区で生まれ、5歳頃から池袋に住む。今はなき雑司ヶ谷小学校、雑司ヶ谷中学校を卒業。幼い頃は虚弱な体質で、体が固くて運動も苦手、気が弱く、よく泣いていた。
中学校卒業後は「人間形成と大学進学」を建学の理念として掲げる私立「城北学園」に進学するが、まだ意欲が乏しく、目立たない学生だった。少しずつ心持ちが変わり始めたのは、大学浪人の頃からであった。1年浪人した翌年、東京理科大学理学部応用化学科に入学。20歳頃から意欲が出てきて、興味の持てることがいくつかできた。日本画もその一つで、区民講座で習ったことをきっかけに、本格的に取り組むようになった。
大学卒業後、化学会社に就職したが、労働環境が未整備で命の危険を感じたため早期に退職。父と共に貴金属宝石装身具の営業に就いたが、武家の商法的なところもあってか家業は時代の波に翻弄された。
結婚後、29歳で家を建て所沢市に自宅を構えた。その後、親族が創業したプリント配線基板のインキを作る会社に入り、下積みから始まったが、化学的知識を活かし生産技術で貢献し、化学原料の購買部に携わって会社を支えた。
また、30代後半から東京青年会議所の会員となり、豊島区委員長や東京ブロックの指導力委員長を歴任。この経験が自信になり、更に活動の場を広げていくことができたと言う。
学生時代から始めた日本画も制作を続けている。日本画壇の全国組織である日本画院に50年にわたって出品し、現在は同団体の理事・審査員、所沢市美術連盟の副会長・審査員も務める。多忙を極めているはずだが、驚くべきことに、百人一首の競技かるた、社交ダンス、ハイキング、ボウリング、卓球などさまざまな趣味も楽しんでいる。
そんな高田さんの幅広い活躍の根底には仏道との出会いがある。3年間真冬の4カ月間週2回の滝行と、仏教史を勉強したことで心の奥にあった煩悩を取り去ることができたという。「運命は命を運ぶと書き、行動することで変えられます」と穏やかに語る。
6月14日(日曜)に開催される第72回所沢市文化祭総合フェスティバルでは、新しい試みとして体験型イベントを企画した。「明るく、健やかに、人のために。そして、さらに精神的な高みと芸術の深淵を目指していきたい」。80歳を超えてますます輝きを増している。(取材:上地)
関連リンク
所沢の好きなスポットを紹介!とこスキ!
所沢郷土美術館
川越松平藩の侍医を務めた平塚家が私設美術館として開放し、市内の芸術家の作品が展示されている。
お問い合わせ
所沢市 経営企画部 広報課
住所:〒359-8501 所沢市並木一丁目1番地の1 高層棟3階
電話:04-2998-9024
FAX:04-2994-0706


